法要
一昨日、知り合いのお母様の四十九日法要へ伺った。無礼な話なのだが、大切な法要へ少し遅れてしまい、後ろの席からはみ出たところへ座った。
法要はご自宅で営まれ、外の蝉時雨の音と、菩提寺ご住職の読経の声が重なっていた。板の間に座り、目を閉じて追善のお経を聴いていると、どこからともなく「カサッ」と音がした。
法要が営まれているご自宅は、田舎の閑静な住宅街にあり、芭蕉の蝉の声のように、耳には蝉の声が大きく響いているのだ。程なくしてまた「カサッ」と音がした。さすがに2回目ともなるとその原因に興味が湧き、周囲を仔細に見渡した。すると、階段の途中に虫籠が在った。亡くなられたお母様のお孫さんが捕まえてきたカブトムシなのだろう。カブトムシが中で動いていた。「なるほどこの音だったか」と理解が出来、一安心である。
たくさんのお孫さんや、親戚の方々、そして、私のようにお母様にお世話になった人々が集い法要を営むことは、今この国で失われた何かの答えを見せてくれているようであった。さらに、お母様が療養をされ、家族が看護し、思い出のしみこんだ家で法要を営まれると言うことは、本当に素晴らしいことだと思った。
法要はご自宅で営まれ、外の蝉時雨の音と、菩提寺ご住職の読経の声が重なっていた。板の間に座り、目を閉じて追善のお経を聴いていると、どこからともなく「カサッ」と音がした。
法要が営まれているご自宅は、田舎の閑静な住宅街にあり、芭蕉の蝉の声のように、耳には蝉の声が大きく響いているのだ。程なくしてまた「カサッ」と音がした。さすがに2回目ともなるとその原因に興味が湧き、周囲を仔細に見渡した。すると、階段の途中に虫籠が在った。亡くなられたお母様のお孫さんが捕まえてきたカブトムシなのだろう。カブトムシが中で動いていた。「なるほどこの音だったか」と理解が出来、一安心である。
たくさんのお孫さんや、親戚の方々、そして、私のようにお母様にお世話になった人々が集い法要を営むことは、今この国で失われた何かの答えを見せてくれているようであった。さらに、お母様が療養をされ、家族が看護し、思い出のしみこんだ家で法要を営まれると言うことは、本当に素晴らしいことだと思った。
# by buu3 | 2008-07-29 08:55

